国後にオホーツク文化竪穴式住居跡 ビザなし学術交流

ビザなし学術交流で国後を訪れていた北海道開拓記念館の学芸員
現地調査を行いオホーツク文化の13の竪穴式住居跡等を確認したと
新聞に載っていた。(2010.6.1 新聞記事を掲載)
調査は国後島中部のオホーツク海側とニキシロ湖周辺の住居跡。古釜布
沼南岸では黒曜石片1点を採集し新しい遺跡を確認。島南部では縄文
中期と晩期の土器片を採集し、4千年前から人の生活を確認したという。



アイヌ期、この近辺ではラッコを捕り松前と交易していたハズ。海洋民族と
認識すべきほどその範囲は広域に及んでいたらしい。先日の埋蔵文化財
センターで見た「天寧1遺跡」は縄文中期〜後期、そして晩期の出土品が
確認されている。近隣には約8000年前の「釧路町東陽1遺跡」などもある。
(炉の炭化物の年代測定により確認されたもの)歴史は非常に古い。

黒曜石と聞くと石鏃刃文化が頭に浮かぶ。白滝産の黒曜石を得た彼らは
女満別(現・大空町)に到達している。網走に出てオホーツク海を経由する、
又は舟と使い屈斜路湖-釧路湿原経由で太平洋側から、どちらのルートを
使っても国後までたどり着けそうだ。そして、来ることも出来るだろう。



北海道の道東にも石器時代から続く長い歴史がある。国後も加えて論ずる
ことが出来るなら、アイヌ以前に既に大陸的なスケールで人々が展開してい
た証となるのだろうか?知れば知るほど驚いてしまう。




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